タルタロス・ドリーム デス編4


デスと共に過ごした夏休みはあっという間に過ぎ、登校日になる。
そうして、まだ生徒が本調子ではない内に、運動会という一大イベントがあった。
クラスで、いろいろな出場競技が決められる中
プリンスとデスは特別仲が良いと認識されていて、二人三脚に出場することになった。

「夏休み明けで体は鈍ってねえだろうな、プリンス」
「それはこっちの台詞だ、さっさと足結ぶぞ」
解けないよう、プリンスはきつく足首を結び、歩き出す。
スタートラインまで距離があったけれど、不思議と歩調が合っていた。
両隣に選手が並んだところで、用意の合図がかかる。


「途中ですっころぶんじゃねえぞ」
「そんなヘマするかよ。デス、全力で走るぜ」
ピストルの合図が鳴ったとたん、二人は一気に走り出す。
よく、遅刻ギリギリのところで競争をしているだけに、足並みが自然と揃う。
息を合わせよう、なんて積極的に意識はしていないものの
二人は一回も転ぶことなく走り続け、一位でゴールすることができた。

「よっしゃあ!ぶっちぎりだな」
「ま、お前足だけは速いもんな。特に逃げ足は」
「素直に褒めろよ!一位になれたのはデス様のおかげですーってな」
「はいはい、デスのおかげおかげ」
「・・・何か、バカにしてるだろ」
とりとめのないやりとりをしつつ、お互いに笑顔になる。
一位を取れた喜びもあったが、二人で走りきれたことに達成感を覚えていた。


「さてと、そろそろ解くか」
プリンスはしゃがんで、紐を解こうとする。
思い切り走ったからか、その結び目はだいぶ固くなっていた。
指をかけようとしても、少しも隙間がない。

「おい、何やってんだよ」
デスもしゃがみこみ、結び目を緩めようとする。
けれど、ボンドで固めたのかと思うくらいきつくて、全く解ける気配がなかった。

「ど、どうすんだよ、これ、全然解けねえじゃねえか!」
「お、落ち着けよ。とりあえず、目立たないとこ行くぞ!」
運動場の真ん中に居ては注目の的なので、二人は校舎裏に移動する。
人気がなくなると、プリンスはしゃがみこんで結び目に手をかけるけれど、相変わらずきついままだ。
力任せに引きちぎれるほどやわくはなく、根気よく、少しずつ緩ませていくしかなさそうだった。




運動会はいつの間にか終わったが、デスとプリンスは未だに結び目と戦っていた。
生徒はとっくに帰り、陽が落ちようとしている。
これは、今までに対峙したどんな魔物よりも厄介だ。
「い、いつになったら解けるんだよ・・・」
「知るかよ・・・はぁ」
紐を解くだけなのに、二人はだいぶ疲労している。

「・・・なあ、もし解けなかったら、オレ達ずっとこのままなのかな」
「馬鹿言うなよ。・・・でも、ずっとこのままか・・・」
足首の紐は、二人の距離を自ずと近づける。
紐が解けなければ、この先もずっと一緒にいられるだろうか。

「はは、それなら・・・それでいいか」
プリンスの呟きに、デスは一瞬目を丸くする。
「・・・そうだな、もう、それでもいいか・・・」
それは、疲労感からの適当な返事か、こぼれ落ちた本心か、お互いに区別がつかなかった。
意気投合した呟きに、軽く笑い合う。
こんな状況でも、どこか楽しそうに。


いっそ諦めてしまおうかと、プリンスが紐から手を離す。
そのとき、小指が紐の輪にひっかかり、結び目がするりとほどけた。

「あ・・・」
思わぬタイミングで解け、二人は口を半開きにする。
茫然としてしまって、しばらく肩を触れ合わせたままでいた。
「・・・い、いつまでひっついてんだよ、さっさと離れろ!」
デスはさっと立ち上がり、ズボンの砂を払う。

「解いてやったのにその言いぐさかよ!」
「う、うるせー!さっさと帰るぞ!」
プリンスを置いて、デスは校門へ走って行く。
そのとき、夕陽のせいか、デスの頬は少し赤らんでいるように見えていた。




過ごしやすい秋の季節も終わり、風がだいぶ冷たくなる。
冬の季節は、三年生をセンチメンタルにさせた。
もうすぐ、ここでの学園生活が終わる。
デスとプリンスは、冷たい風が胸の中まで吹き抜けているような感覚を覚えていた。
そんな中、冬の最後のイベントとも言えるバレンタインデーの日がきた。

プリンスは特に期待していなかったが、下駄箱の中に小箱が入っていてぎょっとする。
丁寧に封筒まで添えられていて、明らかにラブレターだと気付いた。
とりあえず下駄箱から出し、いたずらではないかと疑いつつ凝視する。
封筒の裏には「娘々」と書かれていたが、顔が思い浮かばなかった。

「よっ、プリンス」
「ああ、おはよ」
デスに肩を叩かれ、振り返る。
軽い調子だったデスは、プリンスが持っている箱を見て神妙な顔つきになった。
「お前、そんなもんもらってるのかよ・・・」
急に、デスの声が弱くなる。


「なんだ、妬いてるのか?」
「そ、そんなわけないだろ!ちょっとモテたからって調子に乗んなよ!」
からかったつもりが、デスは本気で焦っていておかしかった。
「はは、でも、こんなのいらないや。デスといたほうが楽しいもんな」
プリンスが手紙を捨てると、デスの顔はいつかのように赤らんだ。

「チョコレートは一緒に食べようぜ・・・って、どうした?」
デスが急に黙ったので、プリンスは不思議そうに問う。
「な、何でもねーよ!オレ、もう教室行くからな!」
動揺して焦るデスを、プリンスは面白がって見ていた。


放課後は、いつものようにSISTER研究会の部活動に出る。
だいぶプリンスの腕も上がり、カードも充実し、デスと互角に戦えるようになっていた。
けれど、今日は連戦連勝で、明らかにデスは本調子じゃなかった。

「なあ、どうしたんだ?妙にそわそわしてるみたいだけど、用事でもあるのか?」
「用事、ってわけでもないけどよ・・・」
デスはまごつき、言葉を濁らせる。
その途中で、学校の鐘が鳴った。

「もうこんな時間なのか、そろそろお開きだな」
プリンスはカードを片付け、帰り支度を始める。
「ま、待てよ!」
デスは鞄を持ち、中から箱を取り出す。
それは、朝に下駄箱に入っていた箱と同じような包装がされていた。
プリンスが静止していると、デスがまたまごつく。
どうするのかじっと待っていると、思い切ったように箱が差し出された。

「これ、やるよ!じゃあな!」
デスは箱をプリンスに押し付け、カードをかき集め、あっという間に部屋から出て行く。
「あ、おい・・・」
プリンスは、唖然としてデスの背を見送っていた。
一人部屋に取り残され、手渡された箱を見る。
包装を破り、蓋を開けてみると、市販のものと思われるブロック型のチョコレートが入っていた。
まさか、まさかデスにもらえるなんて意外すぎて、現実味がわかない。
香りは甘く、まさしく本物のチョコレートだ。


一粒食べてみると、口の中に甘さが広がる。
そのとき、プリンスはデスが家に泊まったときのことを思い出していた。
寝ているデスの口に指を入れ、絡みついた液を舐めたことを。

チョコレートの甘さが喉を通り過ぎたとき、気付いた。
どうして、デスと居ると楽しいのか、離れたくないと思うのか。
そして、どうして今、胸の内から湧き上がるような幸福感を覚えているのか。

「そっか、オレ・・・」
確かめるように、プリンスはぽつりとひとりごちる。
運動会で紐が解けなかったとき、このままでもいいと言ったのは本音だった。
もう、時間がないけれど、卒業する前に気付けて良かった。
プリンスは、もう一粒チョコレートを口に放り込んだ。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回はフラグ回ということで、いちゃつきも長さも控えめです。
その分、次はいよいよいかがわしくなりまする。